退職金の不支給や没収
従業員が退職する場合や解雇して辞めさせる場合に退職金を支給することは、経営者として抵抗を感じることが多いと思います。
会社として退職金を支給する義務は、就業規則に基づき定められた退職金支給規程等の社内規程がある場合や、労使間の労使協定・労働協約といった合意がある場合に認められます。その他にも裁判例では、過去に一定の基準で退職金が支給されてきたといった雇用慣行がある場合に、退職金の支給義務があるとされたケースがあります。
このように退職金支給義務が認められる会社において、在職中に会社に損害を与えた従業員にも退職金を全額支給しなければならないのでしょうか。
また、退職に際して同業他社に転職しないと誓約書に署名したにもかかわらず競合会社へ転職した従業員に対し、その誓約書上の「退職金を没収する」という規程や就業規則の規程を理由に、支払った退職金の返還を求められないでしょうか。
退職金の不支給や減額、あるいは退職金の没収・返還といった措置が有効とされるために留意すべきことについて、解説します。
退職金不支給条項の定め
退職金規程等に、「懲戒解雇の場合や、退職に際し懲戒解雇事由がある場合には、退職金の全部または一部を不支給とする」といった条項を定めることにより、原則として、退職金の不支給や減額が許されます。むしろこのような規程がないと、退職金支給の義務は免れません。
但し、裁判例では、退職金が賃金後払いの性質を有することや生活保障の意味合いがあることを前提とし、退職金を受給できると期待して業務に従事してきた従業員の利益に配慮した形で、懲戒解雇事由が客観的に認められることに加えて、全額不支給あるいは減額を相当とする程度の悪質な行為であったと言えるか、といったことが審理の対象となります。審理の結果、そこまでの悪質な行為はなかった、と言えれば、退職金不支給条項の適用に対し、制限を加える傾向があります。
ポイントは、当該従業員の在籍中の貢献の程度を考慮し、それを否定するほどに著しく信義に反する行為があったと言えるかどうか、ということになります。
裁判例の分析からわかること
退職金不支給が無効となった事例
裁判例【名古屋地裁判決昭和59年6月8日】では、退職後に独立開業した従業員に対する退職金不支給の事案です。
雇用契約が終了した後の競業避止義務については特約がなかったものの、在職中に準備行為をしていたことが問題になりましたが、そのような行為は職務懈怠に該当しない限り差し支えなく、他の者への退職教唆の事実がないといった状況であったため、退職金請求権は認められるとされました。
【名古屋高裁判決平成2年8月31日】は、「会社にとっての本件不支給条項の必要性、退職従業員の退職に至る経緯、退職の目的、退職従業員が競業関係に立つ業務に従事したことによって会社の被った損害などの諸般の事情を総合的に考慮すべきである」として、「被告程度の規模の広告代理業者においては、その営業活動は営業担当従業員と顧客との個人的な結び付きに依存している場合が多いから、退職従業員に対し、顧客との関係がほぼ切れるものと思われる退職後六か月間に限って競業禁止を求める目的で本件不支給条項を設けていることについては、その一般的必要性はあるもの」としつつ、当該従業員が会社から退職に追い込まれた経緯を踏まえ、生活のために競業で独立したことが非難されるべきではなく、加えて、原告がその営業を始めたことにより被告が大きな影響を受けたとまでは認めることができないことを理由として、退職金請求権が認められた事案です。
退職金不支給が認められた事案
【大阪地裁判決平成21年3月30日】は、従業員が在籍中に、競業会社を設立して同社取締役に就任し、開業準備行為(店舗準備、雇用、製品準備、HP)を主宰したばかりか、在籍中に取得した技術(その会社が属するグループが独自に築き上げた技術で、その習得のために会社は高額な権利金を支払っている。)等を退職した後に開業した会社で提供していたという事案で、これらの行為が、いずれも懲戒解雇事由に該当することを認定して、退職金の支給を否定した事案です。
同じように、【福岡地裁小倉支部判決平成23年2月8日】は、従業員による横領行為があった事案で、退職金の支給を否定しています。
一方、【小田急電鉄事件・東京高判平成15年12月11日】では、勤続20年の鉄道会社の従業員が痴漢行為を行ったことにより懲戒解雇とされ、退職金全額が不支給とされた事案で、裁判所は、「退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である」とし、「業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には」「上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要である」として、退職金全額の不支給を無効として、退職金のうち3割の限度で支給を要すると判断しました。
退職後の競業避止義務による退職金の没収・返還
退職する従業員に対し、誓約書等に署名させるなどして競業避止義務を課すことは、会社のノウハウ流出を防止し、顧客を維持するために必要な措置で、一般的に行われていることです。
競業避止義務を定めた場合に、それに違反すると損害賠償請求の対象となるとの条項がセットになっていることも多いですが、実際の損害額の算出は難しいため、より端的かつ現実的な損害の填補のために、退職金の一部または全部の没収・返還を義務付ける条項が用いられることがあります。
そのような条項による退職金の減額・没収が有効となるかどうかは、前提として競業避止義務の定めが有効か、ということとも関係しますが、競業避止義務自体が有効とされた裁判例でも、一部の返還(例えば2分の1)に限って有効とした例や返還自体を認めなかった例があります。
ポイントとしては、競業避止義務に違反した従業員の在籍中の地位、ノウハウや職種などを踏まえ、退職後の競業がどのような態様で行われたか、具体的に会社の業績にダメージを与えたかどうかといった事情を総合的に考慮して、その背信性の程度を検討する必要があるということになります。
退職金を不支給・減額、没収・返還とする場合には
以上のとおり、従業員に対する退職金の不支給・減額や、元従業員の退職金の没収・返還といった措置を取る場合には、単に条項に定めるだけでは対策としても不十分で、状況に応じた措置を検討することが必要となります。特に高額の退職金を不支給とするような場合には、その後に当該従業員が労働審判の申立てや訴訟提起をしてくることを見込んで、客観的な資料も準備する必要があります。
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