懲戒処分には適正な手続を経ることが必要とされる
従業員が社内の規則や指示・命令などに違反する非違行為を行った場合、使用者は就業規則の懲戒に関する規定に従って懲戒処分を行うことができます。懲戒処分としては、軽い方から「けん責」「減給」「出勤停止」「解雇」などが就業規則に定められるのが一般的です。
懲戒処分は、労働者に対して重大な不利益を与えてその非違行為を戒めるもので、実質的に懲戒事由が認められる場合でも、その重大な不利益ゆえに慎重に検討されることが求められます。
慎重に検討したことを示すために有効な手続の一つが、「弁明の機会の付与」です。これは要するに、懲戒処分の対象となる従業員に弁明、弁解の機会を与えることです。弁明の機会を与えることで、従業員は、非違行為とされたことが事実かどうか、事実としても、その行為に正当な理由があったかどうか、といったことについて、主張することができ、使用者側は、その主張が信用できるかどうか、信用できるとしても懲戒をすることが必要か、といったことを検討することになります。
その意味で弁明の機会を付与したことは、適正な手続を経て懲戒処分がなされたことを示すことになるのですが、それがなかった場合の懲戒処分の効力が問題になります。
懲戒処分の有効要件の中の位置づけ
法令上、弁明の機会の付与を義務付けた条項はありません。懲戒処分をする際に従業員に弁明の機会を付与することは望ましいものの、そのことが法令で義務付けられているわけではありません。
そのため、弁明の機会の付与ということが懲戒処分の有効要件として常に求められるわけではありません。
この点、労働契約法15条は、懲戒処分の効力が認められない場合について、次のように規定しています。
「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」
この中で、「社会通念上相当であると認められない場合」に当たるかどうかを考慮する際に、実質的に相当だとしても、手続的に相当だったかどうか、といったことが検討されることとなり、その検討において、弁明の機会を付与したか否か、あるいは、その弁明の機会が適切なものであったか否かが重視されることとなります。
それだけでなく、「客観的に合理的な理由」があるかどうかを確認する意味でも、弁明の機会の付与が重要と考えられます。
そのため、弁明の機会を付与していない場合、懲戒処分が懲戒権の濫用とされるリスクが高まるということが言えます。
これは、弁明の機会の付与について、就業規則が何も規定していない場合でも当てはまります。
反対に、就業規則に弁明の機会を付与が懲戒処分に先立ち必要とされている場合には、弁明の機会を付与しなかったことが直ちに手続的な相当性を欠く、ということになり得ます。
弁明の機会の付与について判断した裁判例
① 東京地判平成24年11月30日 日本通信事件(労判1069号36頁)
従業員が不正に社内ネットワークへのアクセス権限を保持していたことなどについて、裁判所は、業務命令違反として企業秩序を侵害する行為と認めたとしても、最終手段としての懲戒解雇を検討するに当たって、使用者は手続的な相当性も考慮して慎重な判断をするべきとしました。
そして、使用者は従業員において実質的な弁明が行われるよう、その機会を付与すべきものとし、その手続に看過し難い瑕疵が認められる場合には、当該懲戒処分は手続的に相当性に欠け、それだけでも無効となり得ることを前提に、本件における懲戒解雇の告知の方法は、上司らが、社内4階の会議室で待機中の対象社員を1階まで連れて行き、その場で懲戒解雇通知書を手交した上、後に、帰路に就いた対象社員に対し、電話をかけ、その懲戒解雇理由を簡単に説明するという、いかにも性急かつずさんな内容のものであって、実質的な弁明を行う機会を付与したものとはいい難く、その手続には看過し難い瑕疵がある、として、懲戒解雇を無効としました。
② 東京地判平成17年1月31日 日本ヒューレット・パッカード事件(判タ1185号214頁)
適正手続保障の見地からみて、懲戒処分に際し、被懲戒者に対し弁明の機会を与えることが望ましいが、就業規則に弁明の機会付与の規定がない以上、弁明の機会を付与しなかったことをもって直ちに当該懲戒処分が無効になると解することは困難というべき、とされました。
逮捕・勾留された従業員にも弁明の機会を付与すべきか
逮捕・勾留された従業員に対して懲戒処分を行おうという場合、その従業員への弁明の機会付与は容易ではありません。取調べで自白しているようなケースでは、企業秩序を侵害したということも比較的明確な場合が多く、弁明の機会の付与が必要なのかどうか、判断に迷うこともないわけではありません。
しかし、有罪かどうかのみならず、犯行に至った経緯や情状として斟酌すべき事情(反省しているか、示談する気があるか、など)があるかどうかを確認するためには、弁護人を通じてでも弁明の機会を付与することが必要と考えられ、手続的な相当性の要請はここでも妥当すると考えられます。
弁明の機会の与え方について
具体的な弁明の機会として、大きくは次の2通りの方法で付与することができます。
① 面談による方法
② 書面による方法
どちらの方法をとるかはケースバイケースでしょうが、原則としては①の面談によることが望ましいと思われます。
②の書面による場合には、従業員からの書面で弁明の内容を確認した後、疑義が生じた場合には、更に書面のやり取りや面談を行って、事実関係などを確認することが必要になるためです。
例えば、対象の従業員が激昂しやすいとか、呼び出しに応じない、といった事情があれば、②の書面による方法を選択することも問題はありません。
①の面談による場合には、場所・時間の選定、使用者側の人数などについても慎重に検討する必要があります。
弁明の機会の付与に際して専門家の支援を受けることが適切
懲戒処分を実施しようとする場合、早期に使用者側で労働問題に携わった経験が豊富な弁護士に相談し、弁明の機会を付与する際にも、弁護士に事前に十分なアドバイスを受けたり、場合によっては同席を求めて、適切な弁明の機会の付与となるように準備をすべきです。
福岡・天神に事務所を構える弁護士法人本江法律事務所では、使用者側で労働問題に取り組んできた経験と知識に基づき、手続的な適正さを十分に示せるような内容の「弁明の機会の付与」を行うために使用者のお手伝いをいたします。まずは、お気軽にお問い合わせください。
2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。
※日本全国からのご相談に対応しております。