従業員のメンタルヘルスに関わる具体的な対応とは

従業員のメンタルヘルスに関わる相談事例が増加

メンタルヘルスの不調により、遅刻や無断欠勤、周囲の従業員とのトラブルなどの問題を引き起こす従業員に関して、使用者側からご相談を受ける事例が増加しています。
厚生労働省の令和4年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況によると、同調査対象期間である1年間にメンタルヘルス不調を理由として連続1カ月以上休業した労働者や退職者がいた事業所の割合は13.3%となっており、年々増加の傾向にあります。

具体的な相談事案としては、例えば、中途採用した従業員について、入社の時点では使用者側において把握できなかったものの、入社後に、前職勤務の頃にうつ病を発症していたことが判明し、度々、欠勤をするようになってしまった、というケースがありました。

使用者側から「この従業員にどのように対応したらよいか」というご相談を受けたという想定で、以下、対応の仕方について解説します。

メンタルヘルス不調の従業員との関係での使用者の責任とは

まず、使用者がどのような責任を負うかを把握する必要があります。
使用者は労働者に対し、労働契約に基づく安全配慮義務(労働契約法第5条)があり、労働者の心身の安全を確保するために必要な配慮をしなければならないとされています。

その必要な配慮の前提として、使用者は従業員から健康情報(診断書や治療状況など)を得た上で、社内の一定の範囲で情報共有を行い、その後の対応方針を決定する必要があります。

この際、従業員の病気に関する情報が個人情報保護法の「要配慮個人情報」に該当することから、本人の同意なく第三者に提供することは認められません。
誰に、どのような内容の情報を共有して良いか、従業員本人に確認した上で情報共有をすることが必要です。

裁判例には、高校教員である原告について、学校だよりに病気休暇を取っていることが記載され、ウェブサイトで閲覧可能となっていた事例で、プライバシー侵害として県が原告に対し慰謝料支払いを命じられたもの(佐賀県立高校事件・福岡高判R1.11.27)があります。

休職制度の利用について

では、具体的にどのような対応が必要とされるでしょうか。
厚生労働省が公表している2023年7月版「モデル就業規則」には、次のような条項があります。

(以下、抜粋)

(休職)
第9条 労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。
① 業務外の傷病による欠勤が〇か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
〇年以内
② 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
必要な期間
2 休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。
3 第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。

 

なお、メンタルヘルス不調が、長時間労働など業務遂行に起因するという場合には、そもそも「業務外の傷病」ではなく、休職制度の適用対象ではないと考えられます。

使用者が把握した「業務外の原因」によるメンタルヘルス不調の具体的な疾病の状況にもよりますが、回復の見込みがある従業員に対しては、このような休職制度を適用することで、当該従業員に対し労働義務を一定期間免除し、治療に専念させることを認めることが、「必要な配慮」の一つと考えられます。
休職期間中は、別段の定めがない限り、ノーワーク・ノーペイの原則に従って、使用者に賃金支払義務は発生しませんが、欠勤をせざるを得ない状況となっている労働者にとっては、恩恵的な制度ということができます。

休職の手続としては ① 労働者からの申請、② 医師の診断書の提出、③ 使用者の休職発令 を要するのが一般的です。

一方、休職事由の有無を確認するために専門医への受診が必要と思われるケースでは、受診するよう命じることが可能かどうかという問題があります。
まずは受診を勧め、応じない場合に受診命令ができるよう、その旨を就業規則に定めることも重要と思われます。

メンタルヘルス不調の従業員に対する誤った対応の例

就業規則上、休職期間中に従業員のメンタルヘルスが回復しないときは退職扱いとされているのが一般的ですが、この退職は解雇と同等の扱いをされています。

そのため、使用者が私傷病の従業員を休職とすることは、解雇回避の努力をしたとされ、後の退職や解雇が有効とされるために必要とされる場合もあります。

休職制度があるのに休職とせずに解雇した事案として、日本ヒューレット・パッカード事件(最判H24・4・27)があります。

メンタルヘルス不調を訴えた従業員が、有給休暇を消化し切った後で40日間の欠勤をしたところ、これを無断欠勤として諭旨退職の懲戒処分にしたことが有効かどうかが争われましたが、最高裁は、このような精神的な不調を理由として欠勤が続いた従業員に対し、その健康状態を把握し、必要な場合は休職等の処分を検討し、その後の経過をみるなどの対応をとるべきと判示して、懲戒を無効としています。

つまり、メンタルヘルス不調の従業員に対し、休職制度が存在する企業においては、休職とするべきかどうかということについて、健康情報を把握した上で判断することは安全配慮義務の一内容となっていると理解すべきだと思われます。

従業員のメンタルヘルス不調を防止するための方策

従業員が採用面接に際してメンタルヘルス不調に関わる事実を自ら申告することは、採用の可能性を自ら潰すようなもので、およそ期待できるものではありません。

使用者側としては採用面接時にメンタルヘルスの状態や既往歴について確認したいところで、「要配慮個人情報」であることから、その利用目的(労務提供が可能な健康状態かどうかを確認する目的)を明示し、採用に関わる部署・担当者に限定して情報を共有することを伝えて、本人の同意の下で情報を求めるようにするべきです。

入社後の従業員との関係では、ハラスメント防止のための措置が確実に履行されているかどうか、法令上の長時間労働の制限に反して過重な労働をさせていないかといったことを確認し、仮に従業員にメンタルヘルス不調が発生しても、それが「業務外の傷病」と言い得るような状況としておく必要があります。

更に、メンタルヘルス不調を訴える従業員に対しては、通常であればハラスメントとはならない程度の業務上の注意指導であっても控えるように上司・同僚に配慮を求めたり、本来的に求められる業務ではない、より軽易な作業に転換することなどを通じて、メンタルヘルス不調が悪化しないような配慮を行うことが求められます。

その他に具体的にどのような措置が求められるかは、当該職場の状況により異なるものであるため、専門家等に状況を把握してもらいながら相談していく必要があると思われます。

まとめ

従業員のメンタルヘルス不調は、未然に防ぐための体制作りが特に重要です。
紛争化した場合のことも考慮し、適切な体制を構築するためには、労働紛争に精通した専門家の支援が必須で、使用者側で労働問題について取り組んでいる弁護士が最適だと思われます。

また、メンタルヘルス不調を抱える従業員から、損害賠償等の請求を受け、あるいは訴訟を提起された場合には、当然ながら弁護士が不可欠です。こちらも使用者側の立場で労働事件に取り組んでいる弁護士からの支援の方がベターです。

当事務所は多業種の顧客企業の顧問弁護士をする中で、使用者側の労働弁護士として多くの紛争解決に尽力して参りましたので、訴訟における対応は勿論、紛争防止の面でも十分な経験知とノウハウをもって対処することができます。
事務所拠点は福岡天神ですが、九州や関西、東京など全エリア対応可能です。
是非お気軽にご相談ください。

Website | + posts

2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。

※日本全国からのご相談に対応しております。

取扱分野
福岡市の顧問弁護士相談
解決事例
お客様の声

お気軽にお問合せ、ご相談ください。 お気軽にお問合せ、ご相談ください。 メールでのご相談はこちら